口上
演劇などで、代表者が観客に対して述
べるあいさつ。小松の曳山子供歌舞伎
では黒子を務める若衆の役目。
「東西(とざい)東西、一座高席に御座
いますれど、不弁舌なる口上なもって
申し上げ奉ります。
当町は氏神菟橋神社(あるいは本折日
吉神社)春季御祭礼・・・・御目まだるき
所は袖や袂(たもと)にお隠しあって、
見目よき所はすみからすみまで、
ずずずい〜と御願い奉る・・・・」 |
歌舞伎
もとは「かぶく(傾く)という動詞の名
詞形で、人目につくようなとっぴな行動
をする者を指す言葉だった。江戸時代
の 初め、出雲大社の巫女と称する阿国
という女性が京都で演じた念仏踊りが、
歌舞伎の始まりだとされる。
この「阿国歌舞伎」が風俗を乱すとして
禁止されてからは、美少年中心の
「若衆歌舞伎」や「野郎歌舞伎」が出現。
能や人形浄瑠璃の要素を吸収し、
伝統演劇として完成した。 |
ヨーラハッスン
曳山を曳くときの掛け声。「ハッスン」
とは八寸、つまり24cmのこと。八寸だ
け動かせということで、一度に大きく動
かしすぎるなという注意もあるらしい。
この威勢のいい掛け声と拍子木で呼吸
を合わせて曳山を動かす。拍子木の
打ち方には「止まれ」「ゆっくり進め」
「速く進め」などのリズムがある。昔は
曳く技を競ったりもした。 |
山車(だし)・曳山
祭礼のとき、種々の飾りをつけて曳いて
歩く車。ダシは「出しもの」の意味。一説
には屋台の中心に突き出した飾りの名
に由来するとも。「山車」という字が当
てられたのは、神の住む聖地である山
になぞられたものだから。つまり山車は、
祭りに招き寄せる神の依り代なのである。
東日本では山車、屋台などとよび、西日
本では笠鉾、山鉾、楽車(だんじり)、
曳山などど呼ぶ。 |
曳山の車輪
木材を使用しているので、乾燥によるひ
び割れを防ぐため、昔は九龍橋川に埋
めて保存していた。昭和三十年代後半
に河底がコンクリートになってからは、
水田に埋めるようになった。現在では、
鉄環を巻いて保存庫で保管する。埋め
ているのは材木町と八日市町だけと
なった。なお龍助町は、曳山を組み立た
形のまま保管している。 |
千秋楽のお楽しみ
「五人衆」の手足となって働いてきた
「若衆」と呼ばれる若者達。曳山の一切
を取り仕切る五人衆に、叱咤され、こづ
かれ、こき使われてきた若衆。千秋楽
だけは五人衆が舞台を整えるので、こ
こぞとばかりにいろいろなイタズラを繰
り広げる。いかに粋なイタズラを考える
かが若衆の腕のみせどころ。若衆対
五人衆のバトル。なかなかの見物です。 |