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| 小松に於ける曳山歌舞伎上演が、若衆の口上によって開始される事は、他地方には見掛けられ無い珍しい形で有ると言われ、 昔から口伝により伝承されて居ります。 戦争に因り上演が一時中断され、戦後に再開されるように成った時点で、町内古老の指導により口上の文言が伝承された のが、次の様な口上で有りました。 『東西 東−西 一座高席には御座りますれど、不辨舌なる口上な以て申し上げ奉ります。 従いまして、従いまして此の度、寺町氏神本折日吉神社春季御祭礼、火伏御祈祷神諫めの為、當町奉納曳山狂言の芸題 「忠臣講釈真葛ケ原・忠臣講釈は真葛ケ原」わけて、皆様方に御断りな申し上げまするは、踊り子役者・踊り子役者始め 我々楽屋一同に至る迄 未だ未熟不練者に御座りますれば、御目 間怠るき所は幾重にも幾重にも御容赦有って、人気 榮富 榮富、ゆーるゆる御観覧有らん事を、先ずはこれより「宅兵衛上使之段」 其の為口上 東西 東ー西』 曳山歌舞伎は小松の町民の長い歴史の中で培われ、町衆文化として発展し、誰もが口三味線を、又浄瑠璃を語り、 物語内容も熟知して居り、振付け等に就いても良く識る等 町民挙っての一大芸能と成っているのが、小松の曳山歌舞伎の特質 で有る事は言うまでも無い。 此の歌舞伎芝居を、氏神の祭礼に際して火伏御祈祷(防火祈祷) 並びに神諫め(お慰め申し上げる)の為、奉納する歌舞伎 芝居(上演演目) を只今より上演致しますと、観客に伝えるのか本来の口上で有り、 町民(観客) は、奉納歌舞伎をお相伴させて戴き、心の憩いとする為、祭礼時の多忙の中、時間遣り繰りし会場に参集、開演を 首長くして待って居る町民(観客) に、その使命だけを果たせば良く、営利目的興行の様な冗長な文言は付与亜との理由で、 小松の曳山歌舞伎に関しては、伝承されている簡潔明瞭な前掲の古来口上文言の根源で有ると謂われて居る。 戦後再開後、各町は大体これに準じた口上で上演が行われて居たが、昭和廿七年材木町上演の際、沖中庄七氏が当時と しては画期的な新しい文言の口上 「霊峰白山… 七重の膝を八重九重と… 等」 を使用したのが嚆矢となり、以後、次第に独自 な文言に依る口上が増加する様になり、経済事情の進展に伴い、観劇やテレビによる鑑賞の機会が増え、中央に於ける本場 歌舞伎に使われる文言が取り入れられる等、各町が夫々趣向を凝らした口上文言を以って現在行われつつ有り、最近に なり、 口上担当の踊り子が登場する町内も有り、平成十六年には西町で 『口上合戦』 行われる等、次第に伝統を離れて現代化 されつつ有るのが 「口上」 の現状で有る。 <寺町曳山行事保存会より> |