曳山曳揃え
ひきやまこどもかぶき
曳山子供歌舞伎
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約百年前に大文字町曳山で上演され、数十万人の観客を動員し、全国巡業の申し込みもあったが当時の若連中はこれを拒否したと、小松市史には記録が残っていますし、その時に義太夫が詠んだ歌も残っております
 ◎小松曳山子供歌舞伎での上演記録
大正4年(一九一五)5月:大文字町曳山上演
『この上演は実に上手で,見物衆実に数十万なりき。小松全町は,一致して全国を巡業開演させんとの交渉申込み来たれども若連中は,強くこれを拒絶した』
・吉野太夫の歌
     見る人の涙の雨が集まりて
         阿波の鳴門へ落ち込める音
                    (大文字町所蔵文書より)
正徳2年(一七一二)に近松門左衛門により人形浄瑠璃の「夕霧・阿波鳴波」(世話物)として初演。
この作品を近松半二・竹田文吾ら5名による合作で「傾城・阿波の鳴門」(世話物)十段形式に改作しました
あらすじは 玉木家の若殿が江戸・吉原の(傾城)遊女高尾太夫におぼれているすきに,国元では悪臣たちが,お家乗っ取りを企み,家法の刀が盗まれます。お家お取りつぶしの一大事に家老桜井主膳の家来であった「十郎兵衛」は刀の探索を命じられ,妻お弓と共に小さな娘『おつる』を親元に預け,夫婦共々大阪へ向かいます。そして「銀十郎」と名乗り,盗賊の仲間に入り,盗まれた刀を探しているのです。

『どんどろ大師の場』はその大阪での一場面です。
舞台は大阪 善福寺(ぜんぷくじ)(通称どんどろ大師)の門前。
弘法大師の命日に、尼の妙天と妙珍がお参りにやってくる。
後から講中仲間のお弓も現れ、妙天、妙林二人の大阪漫才のような愉快な掛け合いが響き渡る茶店。
その中で一人盛り上がれないお弓。実はお弓には人に言えない事情が…
盗まれた主家の重宝・国次の刀探索のため、わが子と別れ、心ならずも盗賊に身をおとしていたお弓。
そこへ年端もいかない巡礼おつるがやって来る。
可愛さのあまり、あれこれと話しかけると、おつるは『父の名は阿波の十郎兵衛、母の名はお弓、3歳の時に祖母に預けられたが、生き別れになった両親に会いたい一心で阿波の国徳島から一人旅を続けております』と話しはじめた。
なんとした偶然か、おつるはお弓が六年前に、故郷に置いてきたわが子であった。
すぐにでも母である事を名乗り出たいお弓であったが、今の自分は盗賊であり、名乗ると娘に迷惑がかかると思い、必死に隠し通す。
おつるが語る母がいないが為の寂しさや一人旅での苦労を聞き、胸が張り裂けそうになったお弓は、おつるに祖母の元へ帰るようにと言い聞かせる。そのただならぬ様子におつるはお弓こそが母と察し、何でもするからこのままそばに置いて欲しいと涙ながらに訴えはじめる。
それでもお弓は母である事を認めず、断腸の思いでせめてもと宿代をもたせ、おつると別れるが今の別れは今生の別れと思い、おつるの後を追っていくのであった…

※どんどろ大師の名前の由来
善福寺は創建当初「鏡如庵大師堂」と称し大阪夏の陣の戦死者を弔うために建てられたと伝えられるお寺です。「どんどろ」とは天保五年から同八年までの大阪城代であり鏡如庵に祀られている弘法大師に深く帰依し、参拝していた土井大炊頭利位(どいおおいのかみとしつら)の「土居殿(どいどの)」がなまって、そう呼ばれるようになったと言われています。
 


          ・お弓…  中澤 央    (串小学校5年)
          ・おつる… 朝井 たしぎ  (芦城小学校4年)
          ・妙天…  佐藤 利香   (芦城小学校4年)
          ・妙林…  山本 美桜   (白山市 北陽小学校4年)
 

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大文字町曳山若連中 主催

 


  「男の花道」は、自分に尽くしてくれた人の恩は忘れてはいけない、という想いが描かれた芸題です。
江戸の女方花形役者 加賀屋歌右衛門は、最近急に視野が悪くなり医者からは三カ月で失明すると見放された絶望を抱え、東海道の金谷の宿に身を寄せていました。
自害をも考える歌右衛門の前に現れたのは、長崎で医術を身につけた医師の土生玄硯。目が見えぬことを見破った玄硯は、命がけの手術を行い歌右衛門の眼を蘇らせました。
感謝してもしきれない歌右衛門は、玄硯に「江戸一番の花形役者になる」ことを約束し、宿を後にします。
三年後、旗本武士 柏原源三郎の座敷に招かれた玄硯は、余興として踊るように命じられました。
「自分は医者であり、太鼓もちではない」と断ると、代わりとして、江戸一番の花形である歌右衛門をこの場に呼び寄せ踊らせなければ刀を抜くと責められます。
一刻を争う時に歌右衞門は、大切な舞台を捨ててまでも駆けつけて、恩人玄硯の窮地を救えるか……。
         


          ・土生 玄硯(はぶ げんせき)         …  任田 天海  (稚松小学校6年)
          ・加賀屋 歌右エ門(かがや うたえもん)  …  澤矢 真希  (稚松小学校6年)
          ・柏原 源三郎(かしわばら げんさぶろう) …  稲手 悠花  (矢田野小学校6年)
          ・加賀屋 東蔵(かがや とうぞう)       …  北村 莉瑚  (第一小学校5年)
          ・漢方医 道庵(かんぽうい どうあん)    …  北村 茉瑚  (第一小学校3年)

          ・えびす屋 お仙(えびすや おせん)    …  掛田 菜摘  (第一小学校3年)